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第2の故郷よ、さようなら
2004/03/19

「ずっとここで働きたい!」
私がこう思い始めた頃から、ちょっとずつ保養所の雰囲気がおかしくなっていった。
職員同士がいがみ合い、一人二人と辞めて行ってしまうのだ。
私は驚いた。今までなんのトラブルもなく、いつもみんなで
助け合ってきたのに。いつも笑ってばかりいたのに一体何故?

それまで私は保養所の内情を全く知らなかったし、知ろうとも思わなかったのだが、それを知って一連の騒動についてやっと納得することができた。

十数年前、この保養所の所長を努めていたM医師が亡くなった。
途端に経営難に陥ったここを救ったのはある会社の社長だった。保養所のスポンサーとなった彼は、下手な口出しは一切せずに、
長年、故M医師の指導の元に働いてきた職員たちにそのまま保養所の運営を任せた。
だがダイエットブームが到来し、保養所の「断食・自然食・東洋医療」が注目し始めた頃、彼は自社の社員を中心に、新しいスタイルで保養所を経営していくことを決心した。
そのためには今居る職員を全員解雇したい。でも勝手な解雇はできない。そこで自社の社員二人を職員として保養所に入らせ、彼らに職員が自主的に辞表を出すように仕向させた。そんなこととは知らない私たちは彼らを歓迎した。

ある日、彼らが1冊の大学ノートを職員の休憩所に置き「よりよい保養所にするために、思ったことをここに書いていこう!」とみんなに言った。
私は「今のままでいいじゃ〜ん」と思った。何の不満もないし、改善の必要もないと思っていたからだ。他の職員も私と同じ気持ちだったと思う。だからノートの存在はそれっきり、すっかり忘れてしまっていた。
だが数日後、ふとそのノートに目が止まり、何気なくページをめくってみて私はびっくりした。
「○月○日 掃除担当の○さんが掃除をさぼって昼寝をしていた。客室が汚れていた。もっとちゃんと掃除をしてほしい」
「○月○日 受付の○さんの接客の仕方が悪かった。もっと丁寧な話し方を心がけてほしい」
○月○日 食事がまずい。もっと味付けや盛りつけの工夫をした方がいいと思う」
他にも名指しした上での意見というか文句が延々と続く。
な、何、これ?一体誰がこんなことを書いたの??
こんなことを思っている人がいるなんて・・・。みんな、顔で笑って、心ではこんな風に思っていたの??

こう感じたのはどうやら私だけではなかったようだ。
徐々に職員の顔から笑顔がなくなっていった。あんなに楽しかった食事の時間も、いつしかみんな下を向いて何もしゃべらずにただただ食べるようになってしまった。

「ね、○さん。あんなひどいこと誰が書いたんだと思う?」
昼休みに、私は思いきって掃除のおばさんに聞いてみた。
「新しく入ってきた人たちに決まっているよ。文句があるなら直接その人に言えばいいのにね。あんなこと書かれたらもうやっていけないよ。あやちゃん、私は今月いっぱいでここを辞めることにしたよ。あやちゃんには随分世話になったね。会えなくなると思うととても寂しいよ」

無性に腹が立った。でも私にはどうすることもできなかった。
掃除のおばさんが辞めてからしばらく経ったある日、突然社長がやってきた。そして保養所の一番広い部屋に泊まった。翌朝、私たちは全員その部屋に呼び出された。
「ここはなんて汚い部屋なんだ。突然の客は私だけじゃないはずだ。掃除はどうなっているんだ。いつもきれいにしておかなくちゃ駄目じゃないか!それから○○さん!!このノートに書いてあることは本当ですか?」
みんなの前で、受付のおじちゃんのことを激しく罵倒する社長。受付のおじちゃんは顔を真っ赤にしてその言葉に耐えていた。おじさんのあんな顔を見たのは初めてだった。翌日、受付のおじちゃんは辞表を出した。

大好きだったみんながどんどん辞めていく。とても寂しかった。
でも、それでもお客さんは毎日来る。だからいつも通りに働くしかなかった。そんなある日、ノートに「○月○日 お客さんから厨房で働いている○○あやさんに対する苦情を聞かされた。目つきや態度が悪いとのこと」

めちゃくちゃ腹が立った。その日は常連さんばかり。私が大好きなお客さんばかりだった。こんなこと言う人がいるはずないわ!
悔しくて悔しくて涙が出た。と、そのとき
「そう言えば、ここにいる間、腹が立ったり、悲しくなったことなんて1度もなかったなー。こんな感情、本当に久しぶりだなー」って思った。それくらいここでの生活は快適だったのだ。

でももうここは、私が「一生居たい!一生働きたい!」と思っていた場所ではないらしい。残念だけど東京に帰ろう。

21歳の春、両親が車で私を迎えに来た。
この日を最後に、私は2度とその場所には行っていない。
今でもそこがテレビや雑誌に出ると「懐かしいな〜」と思う。でもそこは、私が働いていたあの懐かしい保養所ではない。

みんな、どうしているんだろう・・・。
もう一度あのころの保養所と、あのころのみんなに会いたい!
今の自分があるのは、みんなのお陰。だからみんなにちゃんと
お礼を言いたい。
私も、みんながいつまでも元気で幸せでありますようにって
いつも祈っています。
2004/03/19
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