藁をも縋る思い(3)
お昼用に好きな菓子パンやジュースをコンビニで
買って、毎日研究所に行った。お昼になってそれらを食べるとき
寮に住んでいるみんなが恨めしそうに私を見ているのに気がついた。
みんなはいつも質素なお弁当を食べていた。
「いいな、私もそういうの食べたいな」ぼそりと一人の女の子が言った。
「私たちはここのおばさんがつくるものしか食べられないもんね。たまにはお菓子も食べたい・・・」
「勉強の時間」は、自主的に10分程度ドリルをやる程度。
あとは内職をやらされた。それまで内職という言葉すら
知らなかった私はびっくりした。
毎日毎日袋ののり付けばかりしていた。本来なら働いた分の
お金をもらえそうなものだが、もらうどころか
私の親は毎日7500円、研究所に支払っていたそうだ。
「勉強っていっても、内職するだけなんだよ」と母に言ったら
「おかしいわね。毎日高いお金を払っているのに・・・」
と母から言われて驚いた。
寮に住んでいる北海道からきたあゆみちゃんが
「私も家に帰りたい!菓子パンを食べたい」と言って
泣きだした。
私は彼らがかわいそうになってきた。
家に居場所がないという理由でこの寮に入れられ、親は
安心して帰ってしまう。
でもここも彼らにとってホッとできる場所では
ないようだ。常にスタッフに監視されているし、所持金は
預かられてしまっている。手紙は一度スタッフが見てから
送る。届いた手紙も一度スタッフが見てから渡される。
ある日私はあゆみちゃんをうちに誘った。スタッフは渋ったが
私の母が責任を持って預かると電話口で説得。
北海道のあゆみちゃんのお母さんの許可ももらい、
「じゃぁ、2時間だけ」という条件でやっと許可が下りた。
あゆみちゃんはうちの近くのファミレスでチョコレート
パフェを食べて喜んだ。
「東京はあこがれの場所だった。でも今は北海道に
帰りたい。お母さんに謝りたい」と言った。
あっと言う間の2時間だった。
あゆみちゃんは泣きながら研究所に帰っていった。
その3日後、スタッフからまた内省セミナーに来るように
誘われた。
私はそれを断り、それっきり研究所には行かなくなった。
最初こそ止まっていた過食が、このころには研究所に
行こうか行くまいが毎日するようになっていたからかも
しれない。
辛い時ほどなにかに縋りたくなる。
辛い時ほど冷静な判断ができにくい。
辛い時ほど悪い情報に引き寄せられやすい。
辛い時ほど甘い言葉に騙されやすい。
辛い時ほど焦って結論を出そうとする。
今、メンタル系のネットには、冷静な目で見ているつもりの
私でも思わずひっかかりそうになる、非常にきれいで
まともで、でもよく見るとかなり怪しいサイトが沢山ある。
彼らの目的は「金設け」。
だから怪しい場所かどうかを見極めるのは「治療費」を
知るのが一番だ。
治療費が曖昧だったり、多額だったり、無料な場合も
警戒した方がいい。
どんなに説得力のありそうな言葉が並んでいるとしても
摂食障害は1日や2日通ったくらいで、何かしてもらった
くらいで治る病ではない。
でもだからこそ、みんな、そういう甘い言葉に引き寄せられて
いってしまう。
「ここに来たら過食がぴたりと止まりました!」
「先生のお陰で治りました!」という言葉をよく見るが
大切なのは、ここや先生のお陰で「何がどうなって
過食が止まったのか」という「経過」なわけで、
この経過の部分を明確にできないということは、彼らが
摂食障害がどういう病で、どうやって治っていくかを
理解していない証拠になる。
エステ、薬、気功、ペンション、催眠療法、ヒーリング、
そして病院やクリニックでも、犯罪に価するのでは?と思う
ような行為をしている場所があるので注意してほしい。
また、最初はお金がいらず安心して通っているうちに
「ここにこなければ治らない」と洗脳されてしまうことも
多い。
だが、藁をも縋る思いを持っているとしても、摂食障害に
悩むような感受性の高い人たちは、実は非常に直感が冴える。
だからちょっとでも「ここは怪しい」と感じたり
迷った時は、とりあえずその場を一端離れて、考えて
みてほしい。
とにかく自分一人でなんとかしようと思わないでほしい。
冷静な判断のできる第3者にも相談してみてほしい。
私はいろんなところに頼ってきたので、良くも悪くも
いろいろ勉強することができた。
藁をも縋る思いを逆手にとり、利用するやり方は本当に
許せない。
でもそういう目に合ってしまったときの私にも何らかの
落ち度はあったと思う。
だから反省=後悔や泣き寝入りだけでは終わらせず、
2度と同じような体験をしないよう、これからの人生に
今までの経験を活かしていきたいと思う。